ハイドフェルド王国から無人の大平原を挟んで南、渇いた熱い大地に、ヒュルケンベルグ皇国*1は現われた。
ふらりと現われた細面の若者ヒュルケンベルグ*2は、
暴れ者で有名な砂漠の諸部族をわずか数年で制圧し、
不毛の大地に統一国家ヒュルケンベルグ皇国を建国。
同時に終身皇帝就任を宣言した。
この砂漠の皇国誕生に、他の大陸諸国家は無関心であった。
気性が荒く、定住地を持たない騎馬部族が闊歩している危険な土地に、
領土的野心を持つ者は皆無だったのである。
その無関心を隠れ蓑として、神聖皇帝ヒュルケンベルグは指導力を発揮した。
統治不可能と呼ばれた大陸南方全域を領土とし、国力を安定させ、
砂漠の部族を秩序ある軍隊に育て上げていたことを、他国は知る術もなかった。
注釈
- 大陸暦紀元前133年に建国されたと記録が残っている。
- 青年ヒュルケンベルグについては後述する。皇帝就任後は、部族間の競争意識を上手くあおって、土地の開墾や都市建設を推進した。軍事面のみならず、政治においても優れた才覚を発揮している。肖像画は残っていないが、細面の美青年だったと伝えられている。これについては後の創作であるとも言われているが、少なくとも皇帝就任時には、未だ30歳を数えたばかりだったことは事実である。普段は至って冷静だったが、時に激しく感情を露にすることがあった。側近や身近な者の不幸に際しては、大いに悲しみ、軍事的勝利の際には笑みを絶やさなかったという。戯曲などでは、役どころ上、冷たい皇帝として描かれることが多いが、それは史実に基づいていないという論争は未だ絶えることがない。そもそも記録が少ないため、史実を忠実に再現するのは不可能である。このあたりは当時、砂漠地方産の羊皮紙の品質が悪く、また文字を解する者も少なかった事が災いしているのであろう。