大陸中に軍靴が鳴り響き始めたのは、ある夏の日*1の事だった。
ハイドフェルド王国*2の辺境伯ハノン伯爵*3が武装蜂起。
王都ハイドフェルド*4に向けて進軍を開始した。
緊張関係にあった西方国との国境へ睨みを利かせるため、
王国軍の半数が王都を留守にしていたところを狙ったクーデターであった。
王都に残っていたハイドフェルド軍は、ハノン伯爵を侮って戦力を小出しに投入し、緒戦に惨敗する。
この軍事衝突を境にして、ハイドフェルド王国は大陸中を巻き込んだ戦乱*5の渦へと突入することとなる。
劣勢に立たされたハイドフェルドの国王クレンペラー12世*6は、
かつて天才軍師の名を欲しいままにし、隠遁生活を送っていたバイエル*7に助言を頼むことにした。
このことが、この戦乱の運命を大きく変えることとなる。

ハイドフェルド城*1は大河ヴェンドリンの中洲に建てられた白く美しい国の象徴であった。
クレンペラー12世は伝説的な軍師バイエルを呼んだが、
代わりにやってきたのは美しくも可憐な17歳の少女であった。
少女は軍師バイエルの弟子である。
国王の求めたバイエルは既に亡くなり、残された弟子である彼女が師匠の死を告げに参上したのだ。
バイエル最後の弟子の名はジョアン・ファレッタ*2。
頭脳明晰にして、相手の心を読む天才である彼女は、
クレンペラー12世の眼前で戦況を瞬時に判断し助言をしたが、
それは周囲の重臣達も驚くほど的確な分析であった。
国王はファレッタの才覚に驚き、バイエルに代わって軍師就任を打診*3する。

ファレッタを軍師として迎えたハイドフェルド王国軍は、
緒戦を勝利して勢いづくハノン辺境伯の武装蜂起に対して、行動を開始する。
決戦は夏のある晴れた日、ハノン伯爵はV字型に兵を展開し、王国軍を包むように進軍。
背後を川に阻まれ、囲まれた形となった王国軍ビューロー騎士隊*1は、
作戦通り一丸となって正面突破を試みる。
ここでビューロー騎士隊は戦わず、全力でハノン軍をすり抜ける。
ハノンの兵たちは目前の敵を失い、戦場の前方へ飛び出してしまった。
王国軍は両脇の森に巧妙に隠していた2つの別部隊*2で挟み撃ちを行い、
ハノン軍に壊滅的な打撃*3を与えた。
ハイドフェルド領内で行われたこの戦闘は、「ハノンの乱」と呼ばれており、
歴史的には軍師ファレッタの初陣として知られている。
軍事的な勝利を手にしたクレンペラー12世は、
ファレッタの能力を厚く信頼し、彼女の権限を大きくしていくことになる。

ハイドフェルド王国の西側にあるハミルトン連邦*1は、
痩せた土地に多くの民がひしめく貧しい国であった。
二国の国境となるコバライネ山脈*2では銀が採掘されることで有名であったが、
この銀山はハイドフェルド側にあり、採掘権をハミルトン連邦は持っていなかった。
この付近を巡り、二国は数百年の間睨みあい、時には小競り合いにまで発展していた。
「ハノンの乱」の一ヶ月後、事態は急変する。
睨みあいの中、ハミルトン連邦の軍事基地に火の手が上がった。
ハイドフェルド側の強襲と判断した連邦は、その三日後にコバライネ山脈の東側、
すなわちハイドフェルド王国領内に侵攻を開始する。
しかし、その動きを察知していた*3ファレッタは、すでに銀山付近の王国軍に合流していた。
背に羽を生やして自在に空を飛ぶ、山岳鳥人族と密かに手を組んでいたファレッタは、
足場の悪い山岳地帯での戦闘を空中からの猛攻*4でほぼ殲滅に近い状態に追い込んだ。

ハミルトン連邦軍を蹴散らしたその足で、ファレッタは地上部隊、鳥人部隊と共に敵領内へと進軍。
意表を突かれた格好となった連邦は、国内第3の都市であるバトン市を落されること*1となる。
バトン市で国境付近の指揮権を執っていた連邦のチェルニー総督*2は、
最後の一兵まで抵抗するように指示を送り、被害を広めた原因となった。
この戦闘は「バトン攻防戦」もしくは「愚者の太刀回り*3」と呼ばれる。
連邦の侵略からわずかに数日で、逆に領地まで奪い取った軍師ファレッタに、
ハイドフェルド国民は大いに沸いた。
新しい英雄の誕生に、王国軍は大きく17歳の少女への依存度を高めていく。

王国軍のアドルファ騎士隊を指揮するルイーゼ・アドルファ*1は、
クレンペラー12世の実の娘である。
ルイーゼは、突然どこからともなくやってきて伝統ある王国軍に指示を出す同年代の少女に苛立ちを隠せなかった。
剣技や乗馬に優れた才覚を見せたルイーゼと、馬にも乗れず、
肌は真っ白でカードゲームやチェスばかりが得意なファレッタはまさに水と油であった。
ある日、ルイーゼは父にファレッタを軍から追放するように直訴*2する。
ファレッタを失いたくはないが、溺愛する一人娘のルイーゼの言葉を無視するわけにもいかない国王は、
苦悩した末に、ある賭けを持ち出す。
アドルファ騎士隊の隊員のうち、一人だけルイーゼよりも腕が立つ騎士がいることを
知っていたクレンペラー12世は、隊員数名の中から、ファレッタが見ただけで誰がルイーゼより
強いのか指名することができなければ、軍師の職を解くことにすると約束してしまう。
この賭けをルイーゼは喜んで承諾する。
城下町広場の聴衆の面前で、この賭けは実行された。
十名の男のうち、一人だけを観察しただけで選ばなくてはならないファレッタであったが、
なんと彼女はその騎士を当てただけではなく、ルイーゼが密かに思いを寄せていた騎士団員すら的中させてしまう*3。
この件で大いに恥をかくことになったルイーゼだったが、ファレッタの能力を認め、、
以降ファレッタとの仲は改善していくようになる。

西のハミルトン連邦の動きを抑え、ようやく落ち着けると思ったのも束の間、
今度は北のクピッカ地方*1の情勢が怪しく蠢き始めた。
クピッカの小人妖精*2が隠れ住んでいた森から出て、
ハイドフェルド北端の都市キュリエンを攻め始めた。
平和を好む小人妖精の突然の武装蜂起に驚いたハイドフェルド王国であったが、
ファレッタは小規模部隊で出陣*3。
数的にも地形的にも不利な中で、キュリエンを無視し、森の中に突入した。
小人妖精は森中に罠を仕掛けており、王国軍は行軍に苦労した。
この日は濃霧の影響もあって、ファレッタは数名の側近以外の本隊と離れてしまう。
しかし、ファレッタは捕らえた小人妖精の一人に道案内をさせ、
敵の指揮官ギロがいるコテージにたどり着く。
そこで、ギロの説得に成功*4。
戦闘は終結するが、ファレッタにはこの戦乱の黒幕がいることを知った。

ハノン伯爵のクーデターに続き、ハミルトン連邦とクピッカ地方の小人妖精による領土侵略。
いずれもハイドフェルド王国を戦乱に巻き込むものだが、それらはすべて時期的に繋がりを持ちすぎていた。
ファレッタはバイエルが死の直前に残した「すべては掌の上だ」という言葉が頭にひっかかっていた。
若き天才軍師は思考の迷宮に落ち、丸二日食事も摂らずにぼんやりと空を眺めていたと伝えられている。
その頭脳が導き出す答えを待たずして、次なる侵略が彼女を待ち受けていた。

ハイドフェルド王国から無人の大平原を挟んで南、渇いた熱い大地に、ヒュルケンベルグ皇国*1は現われた。
ふらりと現われた細面の若者ヒュルケンベルグ*2は、
暴れ者で有名な砂漠の諸部族をわずか数年で制圧し、
不毛の大地に統一国家ヒュルケンベルグ皇国を建国。
同時に終身皇帝就任を宣言した。
この砂漠の皇国誕生に、他の大陸諸国家は無関心であった。
気性が荒く、定住地を持たない騎馬部族が闊歩している危険な土地に、
領土的野心を持つ者は皆無だったのである。
その無関心を隠れ蓑として、神聖皇帝ヒュルケンベルグは指導力を発揮した。
統治不可能と呼ばれた大陸南方全域を領土とし、国力を安定させ、
砂漠の部族を秩序ある軍隊に育て上げていたことを、他国は知る術もなかった。

大陸東部から、広大な草原地帯に住む遊牧民族がハイドフェルド領内に攻めてきた。
彼らが大陸全土の統一を旗印に掲げ、駿馬を操りその機動力で王国の東方を崩したのだ。
一気に王都へ向けて兵を進める軍団を指揮していたのは、
草原の有力部族の長であるクレシ・クセン*1であった。
ファレッタは大陸一と謳われる速い行軍の敵を相手に回し、苦戦する。
防衛の要所となる拠点を完全に無視して前にのみ進む騎馬隊は、
王国の喉元深くに突き刺さる形になっていた。
王国軍の有力者であるルイーゼ騎士隊長や、ビューロー騎士隊長は全軍での阻止を提案したが、
ファレッタは小出しで少しずつ兵を出し、その度に惨敗した。
遊牧民が王都まで目前に迫る戦況の中、ファレッタは一人城下町でカフェを楽しんでいた。
そこで、単騎王都の偵察に来ていたクレシ・クセン本人と遭遇。何か会話を交わしたと言われている*2。
決戦はその三日後に行われ、王国軍と遊牧民は全軍を持って衝突したが、
兵力差はほとんどなかったにも関わらず、わずか数時間の衝突で王国軍が遊牧民を押し始めた。
その日の夕暮れには王国側が勝利の勝ち鬨を上げた*3。
しかし、ファレッタは敗残の遊牧民への虐殺を堅く禁じるよう徹底させた*4。

ファレッタの奇跡的な作戦で勝利こそ収めていたが、
幾度にも渡るクーデターや敵国との交戦で軍事費はかさみ、ハイドフェルド王国は疲弊していた。
秋も終わりを告げ冬の到来が近くなったある日、
ファレッタは国王に対してヒュルケンベルグ皇国への侵攻を突然進言*1する。
妖精の指揮官ギロの情報や、その他間諜らの活動によって、
ヒュルケンベルグがハイドフェルドに軍事的な野心を持って行動していたことがほぼ裏付けられていたからである。
国王を説得したファレッタは、早速遠征軍を組織。
ほぼ全軍を投入することになった。
王国軍は、無人の大平原では水不足や、常に氾濫している大河を渡らなくてはならないなど、
数々の試練*2を乗り越えてヒュルケンベルグ皇国領内へと向かった。

皇国領内にたどり着いた王国軍は、いくつかの砂漠のオアシスを占拠。束の間の休息を手に入れた。
ファレッタは早朝、オアシスで久しぶりの水浴みを楽しんでいた。
傍らに彼女がこれまで信頼していた密偵のライムンド・ゼル*1の姿が目撃されている。
ゼルはファレッタの指示で幾度も皇国内でスパイ活動を行っており、その情報とゼル本人を深く信頼していた。
彼らが恋仲にあるのではないかと、ゼルの存在を知る極一部の王国軍人に噂されていた*2。

皇国内では皇帝ヒュルケンベルグによって組織化された砂漠の騎馬部隊が、王国軍への反撃を開始した。
地の利がない敵地での戦いということもあり、王国軍は大きく損害を負いながらも
オアシスとの補給戦を死守しつつ、徐々に皇国領内深くに侵入*1する。
総力では上回る王国軍だが、死をも恐れぬ砂漠の民の猛攻の前に苦戦を強いられた。
しかし、すでに兵士たちには軍神として崇められるまでに至っていたファレッタの指揮の下、
王国軍はついに皇帝ヒュルケンベルグの待つ帝都スーティル*2にたどり着いた。
ところが、街は無人だった。王国軍の大半が街の中に入ったとき、門が閉じられた。
ファレッタは街自体が壮大な罠だったことを知ったが、時すでに遅く、
町中に仕掛けられた火の手が燃え上がり、袋の鼠となった王国軍を包み込む。

帝都スーティルの本体は地下*1にあった。
地上に出ていた『街』はすべて張子であり、すべてはファレッタと王国軍を燃やし尽くすための罠であった
帝都が地下都市であることは、ハイドフェルドにあって常にヒュルケンベルグ皇国を密偵していた
ライムンド・ゼルによって隠されていた*2。
ゼルは二重スパイであった。
本当の彼の主人は、ヒュルケンベルグその人に他ならない。
ファレッタは信頼を寄せていた人物に裏切られた事を知る。
王国軍は燃え盛る帝都から脱出を試みるが、火の手は想像以上の勢いで兵士たちに襲い掛かった。
冬の乾燥した空気と砂漠の強い風が被害を広げたと見られる。
多くの兵士は脱出すらできず、炎の中に消えていった。
彼女を守るべき側近と逸れてしまったファレッタは、偶然発見した井戸の中に潜ってこの場をやり過す。
暗がりの中で、軍師就任後最悪の屈辱を味わった。

策略の炎が張子の帝都を燃やし尽くす頃、
数マイル離れた小さな村に潜伏していた皇国軍の本体が動き出した。
王国軍の残党の血を、残らず砂漠に吸わせるためである。
史上最大の奇策が成功し、戦況は大きくヒュルケンベルグ皇国に傾いたかに思えたが、
ファレッタは最後にもう一つの奥の手を残していた。
北東より、王国軍への援軍が到着したのだ。
クレシ・クセンの率いる遊牧民族の騎馬隊だった*1。
この援軍は、ファレッタが事前にクレシ・クセンに要請していたものだったが、
数人の騎士隊長以外は誰も知らなかった。
裏切りのライムンド・ゼルには教えていなかった為、
皇帝ヒュルケンベルグにとっても全く意表を付かれた形になった。
遊牧民の軍勢は外側から帝都の門を開け、王国軍を助け出した。
皇国軍とも交戦状態になったが、全く想定外の事態に皇帝ヒュルケンベルグは
まともな指揮ができなかったと伝えられている。
王国軍兵士と遊牧民族の連合軍は、怒りを持って皇国軍本体と戦い、
死闘の末に連合軍が勝利を収めた*2。

まだ連合軍と皇国軍が激しく争っている頃、ファレッタは井戸から先に延びている地下の坑道を発見していた。
坑道内は街に繋がっており、ファレッタは地下都市の住民に捕らえられる。
まさか二十歳に満たない少女が敵国の軍師であるとは思いもしなかった住民らは、
褒章欲しさに地下都市の詰め所にファレッタを突き出す。
詰め所の官憲は、やはり手柄欲しさに皇国府*1に彼女を連れて行った。
皇国軍が敗れ去り、ヒュルケンベルグが打ちひしがれて皇国府に戻った。
逃げたヒュルケンベルグは王国軍に追尾*2されており、
地下の皇国府の存在がすぐに王国軍に知られることになる。
このとき、ファレッタ不在の後を受けて王国軍を動かしていたルイーゼ・アドルファは、
すぐさま地下都市への攻撃を命じた。
皇国府には多くの王国兵が押し寄せ、皇国要人を次々と捕らえていった。
尚も逃げるヒュルケンベルグは、最深部の牢獄に到着した。
そこで、投獄されていたファレッタと遭遇する。
互いに互いを一目で確認した。
ヒュルケンベルグは、かつてバイエルの元で共に学んだ優しき兄弟子*3だったからである。
彼はバイエルの修行を終えた後、ヒュルケンベルグと名を変えて大陸南方の非文明地に、
自らを頂点とする一代皇国を作り上げたことを語った。
そして夢に描いていた大陸統一へ乗り出したのだった。
ファレッタは優しかった兄弟子の夢を知らずに潰していたことを知る*4。
ヒュルケンベルグはファレッタを牢から出し、自らについてくるよう促した。

皇帝ヒュルケンベルグは、最後にして最悪の抵抗に出た。
彼と共に皇国を支えた呪術師モーシェ*1は、死者再生の秘奥義*2を使った。
あらゆる墓に眠っていた亡骸、そして王国軍、砂漠の民問わず、
砂漠に棄てられた戦死者たちが再生し、皇帝ヒュルケンベルグに従う不死の兵士となって蘇った。
ヒュルケンベルグは死者の軍団を操り、
地下都市に進入していた王国軍と遊牧民に対して苛烈な反撃を開始する。
ヒュルケンベルグの隙を見て逃げ出したファレッタは、混乱に陥る王国軍に命からがら、舞い戻った。
再び王国軍の指揮権をルイーゼから預かると、ファレッタは、
迷路のように複雑な地下都市内から、全住民を地上に逃し始めた。
一部のスーティルの民からの協力*3もあり、
ほとんどすべての住民を地上に出すことに成功している。
住民を避難させた後、地上への通路を土砂で埋める作業を急ピッチで開始。
ほぼ徹夜状態で戦いながら、ほとんどの出入り口を埋めてしまう。
この動きに気がつかなかったヒュルケンベルグではなかったが、
死者の兵士は難しい命令が実行できず*4、とりあえず王国軍を叩くことくらいしか能がなかった。
すでに、「命ある」部下はほとんど残っていなかったのだ。
策士としてすぐれたヒュルケンベルグだったが、言葉の通じぬ亡者の群れには苦戦した。
最後に残された入り口を塞ぐ際、ファレッタはすでに作戦を終えていた。
兵士たちに、地下迷宮中に油をまくように伝えていたのだ。
火を放ち、亡者の群れをすべて燃やし尽くす策*5だった。
敬愛した兄弟子、ヒュルケンベルグと共に。

王国軍と遊牧民は多くの被害を出したものの、
結果的にはヒュルケンベルグ皇国そのものを地図上から消し去るという戦果をもって戦いを終えた。
軍が王都に戻る途上、最大の戦功者ファレッタについて、
敵国指導者の妹弟子であったことが発覚したため、
すべての褒章、勲章の類を与えないとの決定*1が王国内では下されていた。
また、ハイドフェルト王国からの追放も水面下で決まり、その通達が行われた。
しかしながら、ファレッタはこれを「大方の予想通り*2」と受け止め、
ハイドフェルド南端の町バウムガルトナー付近に立ち寄った際、
ハイドフェルド王国に入ることなく自主的に軍を離れている*3。
この際、後処理の指示をルイーゼ・アドルファに行った*4。
ルイーゼ率いる王国軍はおおよそ二ヶ月にも渡る大遠征を成功させ、王都に凱旋した。
最大の戦功者が不在だったが、凱旋式典には十万人の民が集まったと伝えられている*5。
以上が、大陸中を巻き込んだ戦乱の詳細*6である。
